「青色の落書き」2016/7/14

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Dream

 見覚えのない、コンクリート造りのやや古いマンションの階段を登っていた。各階を登りきるごとに、目の前に知らない人が待ち構えていて、「私の書いた文字はど~れだ?」と、大量の文字が乱雑に書かれた紙を突き出して訊いてくる。私は特に根拠もなく、適当な文字を選ぶのだが、何故か正解してしまう。そうしてその人が満足して帰ったところで、また階段を登る。

 書いた文字を当てて、階段を登って、そんなことを何度か繰り返した。

 次に階段を登り切ると、廊下の左手側に、高校生くらいの男の子が壁にもたれかかっていた。先程までのように、登り切ってすぐに質問をされるようなことがなかったので、私はここが目的地だろうと思った。廊下を歩いて行こうとすると、壁にもたれかかっている男の子が話しかけてきた。

「俺の書いた文字、どれか分かるか?」男の子は大きめの新聞紙を広げて訊いてきた。新聞紙には黃色、青色、水色、緑色、茶色の5色のマジックペンで文字が書かれている。どの色で書いた文字が男の子のものか、ということを訊いているのだろう。

 私は今までの問答で少しイライラしていたので、「興味が無い」と答えた。男の子は「ふざけるな」などと言ってこちらに突っかかってくる。私はさっさと廊下を渡りきりたかったので、道の続いている方へと顔を向けた。

 いつの間にか、そこは公園に変わっていた。後ろを振り返るが階段がない。男の子は大きな木にもたれかかっている。その木と、私とを挟んだ向かい側には広場があり、何人か人がいる。その人達は、先ほど新聞紙に書かれていたマジックペンの色と全く同じ色の服を着て、あたりをウロウロしている。

 青色の服の男が、私から見て一番近くにいた。理由は分からないが、私はその男が非常に気にかかっていた。

 男の子に質問の答として「青色」と答える。正解だった。男の子はニコニコして「話がしたい」と言う。私は彼と同じように木にもたれかかって、話を聴いていた。

 大した話ではなかったと思う。家族の話、学校の話……。男の子はとても嬉しそうに、自分のことを話していた。ふと彼の靴を見やると、つま先のところに細いマジックペンで落書きをしている。「######」とか「マジマジマジ」などと書かれていた。何のことかわからなかったが、敢えて訊かないでおいた。

 彼の話を聴きながら広場を眺めていると、男が二人、こちらに向かって近づいてくるのが分かった。一人は先程の青色の服の男。もう一人は先程までいなかった、白と黒の服の男。どちらも明らかにこちらを凝視して近づいてきている。男の子はそれに気がついていない。もしかしたら何かされるのではと思い、私は身構えていた。

 4,5メートルくらいの距離になったところで、青色の服の男はどこからか石を取り出した。握りこぶしくらいの大きさのある石。青色の男は何かを叫びながら、思い切りそれを振りかぶった。同時に、白黒の男がこちらに走り出てきて、私達の前に立ちふさがった。私は男の子を守ろうと、身体を乗り出そうとするだけで精一杯だった。

 青色の男が石を投げる。投げる。白黒の男の身体に当たったり、軌道がそれて木に当たったりしている。5回石を投げたところで、青色の男は止まった。

「大丈夫か?」と私が男の子に訊こうとした。彼は目を見開き、ものすごい形相をして青色の男を見ている。青色の男も同じように、目を見開いたままこちらをじっと見つめている。いつの間にか周りから人が集まってきていたようで、青色の男を中心に、私達を取り囲むように人だかりができていた。しかし誰も青色の男を取り押さえようとする者がいない。白黒の男が「もうやめろ」と叫ぶ。人だかりの中に、青色の男に石を手渡す奴がいた。

 もう一度石を投げられたところで目が覚める。

Real

 昨日の自分と、そうではない今日の自分。言うこと、やること、全てが違う。昨日の自分を愛せない今日の自分がいる。今日の自分を愛せない明日の自分がいる。

 軽々しい言葉で傷つけてきただろう。白々しい嘘で傷つけてきただろう。沈黙を通して傷つけてきただろう。何をせずとも、勝手に傷つけてきただろう。

 少しだけ、自由を思い出した。明確に定まっていた目標。そのためにいらないものは省いてきたし、できるだけ遠ざけてきた。自由のために生きていた。

 今は少し違う。油断したのがいけなかった。いつどこで誰が蹴り落とそうとしているのか知れない……そんな状況で、ほんの少し、気を抜いてしまった。

 結果、精神だけが時間を遡ってしまった。私は幼くなった。昔の状態に戻ってしまった。

 小さめの缶ジュースを買って来いと言われたのに、瓶入りのジュースを買ってしまって、気恥ずかしさに中身を飲んでからこっそりと処分してしまうような、そうして後でバレてしまって、お金を返したのに元通りにはならないような……そういう嫌らしさが生まれては消えて、消えては生まれて、ブクブクと音を立てながら生きている。こういうのを不幸と呼ぶんです。