瞬間の詩 1~10

シェアする

生きることは幻を見るということだ。幻を見るために人は生きる。
幻を見るために薬を飲んで生き長らえようとする。薬を飲んで幻を見ようとする。
それ以上を求める人々は押し並べて怠惰的だ。怠惰的な人間ほど立派に見える。
人は皆幻。手の中でほろほろと崩れ落ちていく。視界の先が滲んでいく。


自分と他人を天秤にかけてみる。自分の方が重い。重すぎる。自分のまつげ1本の方が重い気さえする。
誰かに助けて貰おうなんて思わない。傷付けられることが多すぎて、伸びてくる手をはたいてしまった。
それでも人は手を差し伸べる。足を掴んで引っ張ってくる。僕は長い足輪を引きずっているのだ。


糸車が回っている。女性が撚った糸で編み物をしている。
地道で単純な作業だ。顔が険しくなってくる。糸がなくなったらまた撚らなければならない。
彼女は糸車でドレスを作ろうとしている。僕達は石ころをダイヤに変えようと躍起になっている。
ドレスとは努力の結晶だ。ダイヤとは欲の結晶だ。


夢の中で彗星を見た。長く蒼白い尾を引いて、あちらこちらをふらふらと動き回っている。
それに向かって石を投げた。柘榴みたいに赤く弾けて飛び散った。
僕はいつだって限界だ。僕はいつだって壊れそうなんだ。
ビーズのアクセサリーのように、糸さえ切れてしまえば、全てこぼれ落ちていきそうで。


知らない間に敵を作っていた。私がゆっくりとミルクをすすっている時、人々は私との間に見えない壁を作っていたのだ。そしてその境界線に、幻獣を放し飼いし始めた。
一時も気を許せない状態だ。さくらんぼを食べる時のように。
相手の芯を噛み砕いてしまわないよう、常に立ち回らなければならない。


色々なものを取り込みすぎて、音楽がバラバラになることがある。縺れてややこしくなることがある。
そんな時は「自分」という櫛で梳かしてみる。真っ直ぐ綺麗に並んだら、そこに「心」という展望を見ることができる。
音の岸辺には蝶がいるのだ。時に優雅に、時に激しく羽ばたき、私を惑わす。


握った拳を開けば、そこにはいつもと同じ手がある。
この手はドアを開けて外に飛び出すことができる。挨拶されたら振り返すことができる。誰かの頭を撫でることができる。
藤棚のベンチに寝転んだ。子供が砂遊びをしている。この手はくっついた砂を払うことだってできる。
花が咲くにはまだ早い。


絵本の中には唄がある。触れられないメロディで、見るものを楽しませる。
絵本の中には夢がある。光と闇が絡まり合って、程々に点滅してくれる。
絵本の中には時計がある。大きな振り子が、確実に時を刻んでいる。
絵本の中には愛がある。誰かの優しい笑顔から、悲しみの匂いがする。


君のまぶたは蛇腹のようだ。目を開け閉めする度に小さな音を立てる。首に巻かれたマフラーの中に、きっと君のまぶたを動かす大事なところがあるのだろう。
君は僕のためにマフィンを作ると言ってくれた。押し込めた気持ちが膨らんでカップからはみ出る様を想像した。僕の大事なところは隠しておこう。


どこへでも連れて行ってくれる電車を発見した。名前は「わたし」というらしい。
青空行きの切符を購入。途中下車禁止、片道一方通行。
窓に映る景色は自由に変えることができる。眠りたかったので真っ暗にしておいた。
いつまでたっても光が見えないので係員に聞いてみたら「調子が悪い」とのこと。