瞬間の詩 91~100

シェアする

親指がよくささくれる。顔を洗うときなんて、傷口を肌に塗り込むようで恐ろしい。何をするにもチクチク傷んで、メソメソ泣いているのだ。親を泣かせるのはひどいことだよ。
もっと別の場所がささくれれば、そう、例えば人差し指。人を指す指ならささくれ、泣いたっていい。その方がきっと私らしい。


自宅から半径2キロが、私の生活の行動範囲。まるで鉄臭い鎖に繋がれた犬っころの気分。
そんな暮らしをしていると、どうしても機械に頼っちゃうのさ。0と1の数字だけで、愛やら夢やらを語り尽くした気になっちまうのさ。
基板を突き破って空は現れないし、液晶画面に星雲は咲かないのにね。


滑る、滑る、ああ滑る。世の中みんな石鹸でございます。必要のない綺麗事も、あって然るべき穢れ事も、一切合財を洗い流していきます。
そうして見なさい、筋の通った赤黒い血肉に張り付くなめらかな肌!これこそ憂いでございます。人が元来取り揃えている皮の鎧、嘘の壁でございます。


森のように揺れるマンションの緑に、羽を広げたままの透明なビニール傘が突き刺さっていた。作り終わって捨てられた模型のように悲しんでいた。夜の街の全容がそこにあった。
雨は止んでいる。彼はもう誰の肩をも守り抜くことはない。
私は彼を自宅へ持って帰り、供養してみようと思った。


この世のあらゆるものと友達になろうとしている少年がいた。愛とは受け取るものであると、冷たい感情を敵に回して、それから友達になろうとしている少年がいた。
「裏切られてもいいんだ。みんなと友達になったら、僕は手を振ってちゃんとさよならするよ」
夕日を王冠にして、彼は笑った。


我々は飽きやすい。飽きやすいからより複雑で、難解で、入り組んだ、ややこしいものを求める……出口はだいたいいつも同じであるにも関わらず、だ。
ストレートに進めよ、君。壁に穴でもなんでも開けたまえ。採掘機よろしくゴリゴリと進みたまえ。
その頭は邪魔者だ。考えることが既に余計なのだよ。


遠くはなれた金網の向こうから
わいのわいの言う
あんまりそういう人にはなりたくないのだけれど

人混みから少し離れたところで
金網をのぼるチャンスを狙い
すきあればペンチで穴でもあけてしまおうという
見えすいた秘め事を

ズボンの右ポケットに突っ込んで
その辺をぶらつく猫のよう


背の高いささやきに惑わされて
僕の言葉は随分と痩せてしまっていた

どこにも行けないから
とりあえずレバーを回す
意味のない心地よさ
無の夢想
最近そんなのばっかりで

昨日がどこかに帰ろうとしても
赤子をあやす胸の谷間のように
ささやかな暮らしの中で
流れるように
生きること


間違いばかりの不心得者が
ひとに道を間違えるなと言う
どんな風に生きてきたか知らない
隣の誰かさんより
ちょっと偉くなったつもりで
これはこう と
寸分の狂いなく
間違わずに言えるものか

ましてや自分より
若く浅い者達に
自分の人生がかくあるとして
一体何を教えられるものか


白か黒かと訊かれて
答えを出せない人の心を
あてこするようになったのはいつからか

ゼロとイチのコンピューターのように
物事を判断したのは
行きつ戻りつの曲線を
ベクトルの矢印に変えたのは誰なのか

語れぬものを
何もないとして
空っぽになった心の
意義を問うのは嘘か真か