ひとの意見はあんまり聞きません

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 皆さまこんにちは、玄川静夢です。今回は同業者との関わり方、対応の仕方についてのひとりごと。

 所謂創作活動というものをやっていると、TwitterやらのSNSを宣伝用にと使いはじめる方が多いのですが(私もそのクチです)、そうするとやはりフォロー・フォロワー共に「その手の関係者」のひとが増えて来るものです。時には連絡用の手段として、また時にはちょっとした世間話の手段として。

 さて、私の方はどうかといいますと、やはり同じく「その手の方」とのつながりが多いですね。とは言っても私自身、そこまで友好的に話をするようなタイプでもありませんし、一緒に作品を作り上げた作曲者・編曲者の方との「とりあえず連絡先だけ確保しておこう」といったつながりの方が圧倒的に多いです。

 ところで、同業者……つまり私以外のほかの「作詞家」と呼ばれる方々とのつながりはどうかといいますと、実はこれが全くないんですね。

 piaproで作詞を始めた当初はまだ多少のつながりはあったのですが、今ではもう、ほとんどゼロと言っていいくらい、知り合いはいません。むしろ自分の方からそのような関係を作らないよう立ち回っているふしさえあります。

情報はあるが、参考にできない

 なぜそうしているのかといいますと、私の脆弱な精神の衛生上、勝手に相手の作品であったり、あるいは日頃の作詞に関する何らかの話をのぞきに行っても、こちら側には嫉妬や妬み、あるいは優越感といった「作詞にまったく関係のない自分勝手な感情・感想」しか出てこず、自分にとっても相手にとってもあまりいいことがないからです。

 本来ならそのあたりから自分にとって有益な情報……つまりは作詞に対する考え方であったり、技術であったり、あるいはそのひと個人の物事に対する意見などを、こちら側が取捨選択して手にいれるものなのですが、いかんせん私は「自分と同じことをしている人たちに対する冷静な分析・処理」というのがヘタクソなようで、ただただ苛立ちや空しさといったネガティブな感情しか出てこないのです。

 私も一応作詞家ではありますから、作詞に対する考え方や意見というのはひとなみに持っているつもりなのですが、どうにもそれを通したい、それしかない、という気持ちがひとなみ以上にあるようで、中々ひとの意見を受け入れられない、理解はしても納得はできない傾向にあるようです。

 ですから仮に目の前に「自分にとって有益かもしれない情報」が出てくる可能性があるとしても、それ以前に「自分の感情」を抑制できないので、最初から触らない……そんな状態です。

自分からなら取りに行く

 しかし、外からの情報のいっさいをシャットアウトしているのかというとそうでもなく、どうやら自分が「欲しい」と思った情報は貧欲に探し、吸収しようとするところがあるようでず。

 つまりどういうことかと言うと「自分から欲しいものは手にいれようとするが、それ以外については一切耳を傾けず、目にも入れない」という状態を指します。

 良く言えば自分の価値観を大事にする、悪く言えば自分勝手。

 自分にとって意味がない、あるいは意味があってもそれ以上に自分に負担のかかる、リスキーな情報はすべて排除する。それが良いか悪いかは置いておいて、とにかく私はそういう性分であるらしいのです。

興味がなければ情報も得られない

 さて、そんな私でも時々頑張って、同業者の作詞作品をのぞきに行ったりすることもあるのですか、そういうときは決まって参考になるようなところなど一切なく「ただ時間を無駄に浪費した」と思ってしまうばかりなのです。

 そのひとの作詞レベルの問題ではありません。そうやって自分にむち打ち、えいやっと作品をのぞきに行った日には、ただ漠然と「つまんねえなあ」という感情しか湧かず、こちらが参考になる情報があったとしても見逃してしまうのです。

 繰り返しますが、私は自分の感情を抑制するのが下手なようです。「情報が必要だ」と自分が思うその瞬間まで、定期的に情報を吸収するといった器用な真似ができないのです。

 そういった問題があるので、基本的に私の作風は独学であり、特定の誰かから学ぼうとする気持ちもなく、情報交流を嫌い、結果として同業者とのつながりが皆無であるという結論に達するのです。

要するに、ひとの話は聞きません

 自分に興味のある物事に対してはだいたいそのような感じで、例えばそこに人間性の一切ない、あくまで平等な「情報」には食いつくのですか、そこに生身の人間が絡むとどうしても感情が出てきてしまうので……といった感じです。

 要は、私は人間という存在が大嫌いでして、自分以外のそれらが発した意見の一切が大嫌いなのです。だからひとの話は聞かないし、意見を受け入れることもほとんどありませんし、そもそも話自体をあまりしたくない。

「作詞や小説はひとを好きになれないとできない/ひとの気持ちが分からないとできない」というのはウソっぱちです。実際小説家にはフランクなひとはあまりいませんし、私のような人間でも(半分勝手に)作詞家を名乗ることができるのですから。

 ということで、私が同業者と関わりを持たない理由、そして「私は自分勝手です」という自己報告のお時間でした。

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